従業員の健康管理、会社はどこまでやるべきか|義務と任意の線引き
この記事の結論
会社の健康管理には「やらなければならないこと」と「やってもよいこと」と「やってはいけないこと」があります。混同すると、義務を果たしていないか、越権になるかのどちらかです。健診の実施は義務。結果の扱いには制限がある。強制はできない。この3つを押さえてください。
義務と任意を分ける
| 内容 | |
|---|---|
| 義務 | 健康診断の実施、結果にもとづく医師の意見聴取、必要な措置、ストレスチェックの実施(対象の事業場)、産業医・衛生管理者の選任(規模による) |
| 任意(健康経営の領域) | 測定機器の設置、健康イベント、運動プログラム、食事の支援、再検査の受診勧奨 |
| できないこと | 受診の強制、結果にもとづく不利益な取り扱い、本人の同意なく健康情報を目的外に使うこと |
健康経営として語られる取り組みの大半は、真ん中の「任意」です。だから自由度が高い一方、法令上の義務を満たしていないまま任意の取り組みだけ増やす、という本末転倒も起きます。
健康診断について
実施は会社の義務
労働安全衛生法にもとづき、事業者には健康診断を実施する義務があります。雇入れ時と、1年以内ごとに1回の定期健康診断が基本で、特定の業務に従事する労働者にはさらに項目や頻度の定めがあります。
従業員の側にも受診の義務がありますが、会社が物理的に強制することはできません。実務では未受診者への声かけと、受診しやすい日程の用意が対応になります。
結果はどこまで見てよいか
ここが最も誤解されています。健康診断の結果は要配慮個人情報にあたり、会社が自由に扱えるものではありません。
| できる | できない |
|---|---|
| 就業上の措置を判断するために必要な範囲で扱う | 目的外に使う |
| 医師の意見を聴き、必要な措置をとる | 詳細な結果を管理職全員に共有する |
| 取り扱う担当者と範囲を決めて管理する | 本人の同意なく第三者に提供する |
| 全体の傾向として集計する | 結果を理由に不利益な取り扱いをする |
「健康経営のために社員の健診結果を分析したい」という相談は多いのですが、ここには制約があります。個人が特定されない形での集計にとどめるか、産業医など適切な立場の人を通す形にしてください。
再検査は強制できない
健診で要再検査と出ても、会社が受診を強制することはできません。できるのは勧奨です。ただしこの勧奨、実は最も効果が大きく、費用もかからない施策です。
- 再検査の対象者に個別に案内する
- 受診した人が報告しやすい仕組みを作る(結果の提出まで求めない)
- 受診率を記録する
多くの会社が「健診の受診率」は把握していても「再検査の受診率」は把握していません。ここが最大の伸びしろです。
ストレスチェックについて
いまの制度
労働安全衛生法にもとづき、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、年1回のストレスチェックの実施が義務づけられています。50人未満の事業場は、現在は努力義務です。
| 内容 | |
|---|---|
| 方法 | 質問票への回答 |
| 実施者 | 医師、保健師など |
| 結果の扱い | 本人の同意なく事業者は結果を見られない |
| 高ストレス者 | 本人の申出により医師の面接指導 |
| 集団分析 | 個人が特定されない形で職場環境の改善に活かす |
3行目が制度の要です。会社が個人の結果を見られない設計になっているからこそ、従業員が正直に答えられます。ここを曖昧にすると制度が機能しません。
50人未満の事業場にも義務化される
労働安全衛生法の改正により、これまで努力義務だった労働者数50人未満の事業場についても、ストレスチェックの実施が義務となります。施行期日は「公布後3年以内に政令で定める日」とされており、準備期間が確保される形です。
出典:厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律案の概要」。施行日と具体的な運用方法は厚生労働省の公表をご確認ください。小規模事業場向けの実施マニュアルも公表されています。
小規模な事業場を持つ会社は、いまのうちに実施体制を考えておいてください。実施者となる医師・保健師の確保が、直前になると難しくなります。
測定機器によるストレス測定とは別物
混同されがちなので整理します。
| ストレスチェック制度 | ストレス測定機器 | |
|---|---|---|
| 根拠 | 労働安全衛生法 | なし(任意の取り組み) |
| 方法 | 質問票 | 機器による測定 |
| 実施者 | 医師・保健師など | 施設のスタッフ |
| 結果 | 本人の同意なく事業者は見られない | 本人にその場で示す |
| 位置づけ | 義務 | 気づきのきっかけ |
機器による測定は、ストレスチェック制度の代わりにはなりません。制度としての実施は別途必要です。詳しくはストレス測定でわかることをご覧ください。
産業医・衛生管理者
常時使用する労働者の数に応じて、産業医や衛生管理者の選任が必要になります。規模の区分と人数の要件は法令で定められているため、自社の状況を所管の労働基準監督署や社会保険労務士にご確認ください。
健康経営を進めるうえでは、産業医がいるかどうかで打てる手が変わります。健診結果にもとづく面談、再検査の勧奨、職場環境の改善——いずれも産業医がいると組み立てやすくなります。
「どこまでやるべきか」への答え
実務的な優先順位はこうなります。
- 法令上の義務を確実に満たす/健診、医師の意見聴取、ストレスチェック(対象事業場)、産業医等の選任
- 健診を活かす/未受診者への声かけ、再検査の受診勧奨
- 健診のあいだを埋める/日常的に測れる環境、年1回の測定会
- 職場環境を直す/転倒リスク、長時間労働、休憩の取りやすさ
- その他の任意施策/運動、食事、睡眠
1と2を飛ばして5から始める会社が少なくありません。順番を守るだけで、費用対効果は大きく変わります。とくに2は費用がほとんどかかりません。
やってはいけないこと
| やってはいけない | 理由 |
|---|---|
| 健診の受診を物理的に強制する | 受診義務はあるが、強制はできない |
| 健診結果を管理職全員に共有する | 要配慮個人情報。取り扱う範囲を限定する必要がある |
| 健康状態を理由に不利益な取り扱いをする | 法令上認められない |
| ストレスチェックの個人結果を会社が見る | 本人の同意が必要 |
| 測定結果を人事評価に使う | 社員が正直に測らなくなり、施策が機能しなくなる |
| 測定結果を部署ごとに張り出す | 参加率が落ち、翌年につながらない |
この記事は制度の考え方を整理したものです。個別の判断は、所管の労働基準監督署、社会保険労務士、産業医にご確認ください。法令は改正されるため、最新の内容は厚生労働省の公表をご確認ください。
よくある質問
Q1. 会社の健康管理はどこまでが義務ですか?
A. 健康診断の実施、結果にもとづく医師の意見聴取と必要な措置、対象となる事業場でのストレスチェックの実施、規模に応じた産業医・衛生管理者の選任が法令上の義務です。測定機器の設置や健康イベントは任意の取り組みにあたります。
Q2. 健康診断の結果を会社はどこまで見られますか?
A. 健診結果は要配慮個人情報にあたり、就業上の措置を判断するために必要な範囲で扱うことになります。管理職全員への共有や、目的外の利用はできません。健康経営の分析に使う場合は、個人が特定されない集計にとどめるか、産業医など適切な立場の人を通してください。
Q3. 再検査を受けるよう強制できますか?
A. できません。できるのは受診の勧奨です。ただしこの勧奨は費用がほとんどかからず、効果の大きい施策です。多くの会社が健診の受診率は把握していても再検査の受診率を把握していないため、ここが最大の伸びしろになります。
Q4. ストレスチェックは何人から義務ですか?
A. 現在は常時50人以上の労働者を使用する事業場で年1回の実施が義務、50人未満は努力義務です。ただし労働安全衛生法の改正により、50人未満の事業場にも実施が義務化されます。施行は公布後3年以内に政令で定める日とされているため、最新の情報は厚生労働省の公表をご確認ください。
Q5. 測定機器でのストレス測定は制度の代わりになりますか?
A. なりません。ストレスチェック制度は質問票による調査で、実施者や結果の扱いも法令で定められています。機器による測定は任意の取り組みであり、制度としての実施は別途必要です。
Q6. 優先順位はどうつければよいですか?
A. 法令上の義務を満たすこと、健診を活かすこと(未受診者への声かけと再検査の勧奨)、健診のあいだを埋めること、職場環境を直すこと、その他の任意施策、という順です。1と2を飛ばして運動プログラムから始める会社が少なくありませんが、順番を守るだけで費用対効果が変わります。
Q7. 健診のあいだを埋める方法を相談できますか?
A. できます。社員数、拠点、予算をお知らせいただければ、日常的に測れる環境の作り方や年1回の測定会の形をご提案します。ただし法令上の判断は所管の労働基準監督署や社会保険労務士にご確認ください。お問い合わせフォームからご連絡ください。